褒めて伸ばそうは褒め慣れることから始まる

姉妹の育て方

子どもは褒めて伸ばした方がいいらしい

実際、叱りつけるよりも、褒めた時の方がことがスムーズに行くことが多いし

結果できるようになる、やるようになることが多い気がする

何かをやらせようとした時に怒鳴りつけるのは無意味なのかもしれない

歯を磨け! 手を洗え! もう寝ろ! 勉強しろ!

は声を荒げても従ってくれた試しがない

怒鳴ったり、叱りつけたりするのは『やらせよう』とした時ではなく、してはいけないことをやった時に『やめさせる』時に使うのが正解な気がする

何でもかんでも叱りつける親もいれば、何でもかんでも許してしまう親もいる

最近では優しい親の方が増えている気がする

なんか極端なんだよね

親が子どもを虐待するような嫌なニュースが多いからなのかな?

怒るのはよくない、虐待だって風潮も最近では強い気がする

怒るときにはちゃんと怒らないといけないはずなんだけどな

怒るんじゃなくて、叱らないといけないって話もあるけど

本気で怒ることも必要だと思う

人間ってこういうことで怒るんだ

ってのを最初に学習するのは親からだろう

まぁ〜何にしてもやり過ぎはよくないんだろうけどね

そうそう、褒めましょうって話

褒めるのって意外に難しい

大人になってから、人を褒めることが極端に減っている気がする

褒めるってそもそも偉そうだし

「すごいですね!」

って言われてもバカにされてるように聞こえたり、裏があるんじゃないかって勘ぐってしまう

本心で褒めたくても、褒めにくい風潮がある気がする

そんな環境にしばらく身を置いていると、褒め方が分からなくなる

褒めては見るもののなんとなく、ぎこちないのだ

バカにしている感が出るというか、知らじらしさが出るというか

子どもの方は気にしてないんだろうけど、褒めてる方が気になっちゃうんだよね

そんなことを考え出すとどんどん褒められなくなっちゃうから

最初はワザとらしくても、大げさに褒めるようにしたらいいと思う

繰り返しているうちにそのうち慣れるだろう

実は大人だって、嘘臭さを感じながらも褒められたら嬉しいものだ

子どもだってそうだろう

子どもの方がこんなの出来て当たり前みたいな雰囲気を出したとしても、ただの照れ隠しなんだと思う

褒めることを拒絶して来ても、しつこく褒めてやることにしよう

それぐらいでちょうどいいのかもしれない

人というのは欠点や短所、失敗や間違いに対してはかなり敏感だ

すぐ気付くし、気付くと訂正したくてしょうがなくなる

親が子どもに怒りがちなのはそのためだ

そこにさらに『これは子どものためだ』って正義があるので手が付けられない

9回出来ていても、10回目に出来なかったらその1回を指摘しがちである

1回出来なかったことを叱るのではなくて、9回出来ていたこと褒めるべきなのにだ

当たり前のことを当たり前にすることが、一番すごいことで褒められるべきなのに

当たり前にできることは当たり前過ぎて、褒めることを忘れがちだ

せめて失敗した時にぐらいそのことを思い出すようにしたい

「なんで今までは出来ていたのに今日は出来ないんだ!」

と叱るのではなく

失敗した時には、今までは出来ていたことを褒めてあげたいものだ

そんな日もあるさ なんくるないさー

コメント

タイトルとURLをコピーしました